和牛のいる生活

北海道で牛飼いの勉強中です。

作業日誌 210512 / 難産

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こんばんは。
今日は研修始まってからいちばん盛りだくさんな日だったかもしれません。

予定されていたのは出荷4頭と子牛へのワクチン接種。
月に一度の出荷は、自分の10倍以上の重さに肥った牛を曳いてトラックに乗せる大仕事。
万が一失敗してケガでもさせてしまったら、2年半近く育てた努力が水の泡になってしまうため、神経を使うひと時です。
まずは出荷予定の牛にロープをかけ、あらかじめ繋いでおきます。
牛舎へ向かうと親方が「産室にいる牛が産気づいてるから様子を見てきてもらえるかな。足が出てたら教えて」と。
産室にいるお母さん牛の予定日は5月2日。もう10日過ぎているので、獣医さんにお願いして分娩促進剤を投与してもらおうとしていたところでした。
様子を見に行くと、一次破水はしていましたがまだ足は出ていません。産むまでには時間がかかりそうなので、ひとまず出荷の準備に戻ることにしました。

子牛は生まれてくるとき、前肢を2本そろえ、その上に頭を乗せた状態で出てきます。
分娩の際には、一次破水のあとにきちんと2本の前肢がそろって出てくるかを確認する必要があります。
一次破水から時間が経っているのに肢が出てこなかったり、2本あるはずの肢が1本しか産道になかったり、前肢のはずが後肢だったりすると、分娩を介助してやる必要が出てきます。
今回は勉強のため、出荷の準備を終えた夫が産道に手を入れて胎児の様子を確認しました。
「前肢が2本来てます。頭には触れません」
頭に触れないのが疑問ですが、肢もまだ奥の方ということで、腕が届かない位置に頭もきているだろうということになりました。
蹄の間をつまむと反応があり、胎児が生きていることも確認。

よおし、というところで外でクラクションの音が。
子牛のワクチン接種のために獣医さんが来てくれました。
同時に出荷に立ち会ってくれる農協の職員さんも到着し、バタバタ。
ワクチン接種はベテランの獣医さんが一瞬で終わらせてくれたようです。

しばらくすると出荷の牛を積むトラック(家畜車)が到着。
積み込みも滞りなく終わり、ひと安心。
お昼までは時間があるので夫は子牛の牛舎を掃除することに。
さて、お母さん牛の分娩は進んでいるだろうか?

産室へ行ってみると、2本の肢の先っぽがもう出てきています。
親方も様子を見に来て、「なんか進みが遅いなあ」とポツリ。
「ちょっと手入れてみるわ」と産道に手を入れ「これ逆子だな」。
ええ!さっき夫が前肢だと思ったのは後肢だったのか!
逆子となったら、産むのを助けてやらなければいけません。
お湯やら、ロープやら、滑車やら、子牛を引っ張る道具をそろえます。
引っ張る準備を終えたら、助っ人(夫・おかみさん)を呼び、M牧場メンバー勢ぞろいで分娩介助の始まりです。
出てきている子牛の肢と滑車をつなぎ、滑車の力を利用して引っ張ります。
ところが、引っ張れども引っ張れども出てきません。
何かがひっかかっているのか、お母さん牛のいきむタイミングに合わせられていないのか、様子がおかしい。
それでも力いっぱい4人がかりで引っ張って、ついにずるりと子牛が出てきました。

そこでまたびっくり。出てきていたのは前肢だったのです。
前肢は2本そろっていたけれど、頭がうまくその上に乗っていなかったようです。

親方が前肢と後肢を勘違いしたのは50年やってきて初めてとのこと。

出てきた子牛はぐったりとしていて、冷水をかけたりさかさまに吊ったりしても呼吸を始める気配がありません。
人工呼吸キットも持ち合わせておらず、ぴくりともしない子牛。
どうしたものか、諦めるしかないのか…と思っていたら、お母さん牛を見た親方の顔色が変わりました。
お母さん牛の陰部から、子宮が飛び出してしまっていました。
これは「子宮脱」という非常に危険な状態です。
子宮を手で身体の中に戻してやる必要がありますが、内臓が雑菌だらけの外界に晒されている状態のため、無事身体の中に戻せても感染症の心配があります。
とにかく、一刻も早く獣医さんを呼ばなければいけません。
電話で往診を依頼し、しばし待機。
子牛は蘇生する気配がなく、残念ですが諦めることになりました。

最初に手を入れたときには生きていたので、もっと早く介助していたら助けられたかもしれません。私がどこかで異常に気づいて親方を呼べばよかった。


獣医さんが到着し、テキパキと指示を出してくれます。
お母さん牛は腰が抜けて立てなかったため、押したり引いたりして「伏せ」のように後肢を伸ばした状態に持っていきます。
そこからは気合で子宮を洗いながら身体の中に戻し、最後は棒のような器具で完全に押し込み、処置が完了。
しばらくするとお母さん牛は立てるようになり、エサも食べることができました。
14歳のおばあさん牛なので今後また子牛が産めるかはわかりませんが、お母さん牛だけでも無事でよかったです。
全部終わって一息つく頃には、12時30分ごろでした。
分娩に気づいたのが9時30分ごろなので、お母さん牛は3時間くらい頑張ったことになります。

出荷されていく牛と、スタートラインに立たせてあげられなかった子牛。
命について考えた一日でした。
明日からまたがんばろう。おやすみなさい。